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メンタルヘルス

職場における実践的なストレスコーピングとメンタルヘルス対策【認知行動療法についても解説】~前編~

職場で増える「ストレス社会」──8割が強い不安を感じている現実

現代社会において、私たちは日々多様なストレスに直面しています。特に職場では、仕事量の多さや質的な負担、上司や同僚との人間関係や自身へのキャリアや将来への不安などが要因となり、多くの労働者がストレスを感じています。実際に厚生労働省の調査においても「約8割の人が職場で強い不安、悩み、ストレスと感じる事柄がある」と回答していることが分かっています。

そしてWHOも「過重労働や低い裁量、不安定な雇用環境がメンタルヘルスを脅かすリスクになる」と警鐘を鳴らしています。仕事における過度なストレスは、精神的な疲弊、バーンアウト、離職、あるいはうつ・不安障害の発症といった問題を引き起こします。しかし、ストレスそのものを完全にゼロにすることは現実的ではありません。そこで重要になるのが「ストレスコーピング」という考え方です。コーピングとは、ストレス要因に直面したときに個人が取る対処のことであり、言い換えれば「ストレスと上手に付き合い、乗り越えていくための工夫」です。

従業員が心身ともに健康でいきいきと働き続けるためには、会社による配慮やケアに加えて、従業員自身に適切なコーピングを身につけてもらうことを、両輪で推し進めていくことが大切です。
本コラムは前編として、まずコーピングの理論や種類を整理し、それがメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすのかをご紹介します。そして本記事の続編である後編では、従業員のコーピング能力を引き出すために人事・労務担当者がどのような支援を行うべきかについて、ご説明します。

健康経営にご関心のある経営者や人事労務ご担当者は、ぜひ後編の記事とあわせてお読みください。

ストレスとストレスコーピング

適度なストレスは、私たちの成長や能力を高めるうえで欠かせない要素です。1908年に ヤーキーズと ドソンの実験により、ストレスや緊張の程度と学習・パフォーマンスの関係は「逆U字型」であると示されました。すなわち、ストレスや緊張が低すぎても高すぎても効率は下がり、適度なストレスで最も高い成果が得られるという理論です。
Yerkes-Dodson Law of Arousal and Performance

問題となるのは、過度なストレスが長期間続き、しかもそれに対して適切な対処ができない状態に陥ったときです。ストレスへの適切な対処を示す概念が、心理学者リチャード・ラザルスとスーザン・フォルクマンによって提唱された「ストレスコーピング」です。彼らはこれを「個人がストレスフルな状況に対処するために用いる認知的・行動的努力」と定義しました。つまり、コーピングとはストレスを排除するのではなく、ストレスと上手に付き合いながら、自分の心身の健康を守るための工夫、といえるでしょう。

ストレスコーピングで得られる効果

メンタルヘルス不調の発生防止と労働生産性への効果

ストレスコーピングを身につけることは、単に気持ちを楽にするだけではありません。過去の研究では、適切なコーピングを実践できる人ほどうつ病や不安障害といったメンタルヘルス不調の発症リスクが低いことが示されています。つまり、ストレスとうまく付き合う力を持つことで、“心が折れる前に守る”予防的な効果が期待できるのです。これは個人の健康にとって大きな財産であるだけでなく、メンタルヘルス不調による休業を減らし、生産性を維持するという点で、職場全体にもプラスの影響をもたらします。

仕事のパフォーマンス向上とプレゼンティーイズム低下への効果

ストレスにうまく対処できないと、心身の不調を抱えたまま出勤してしまい、本来のパフォーマンスを発揮できない状態である「プレゼンティーイズム」につながります。近年の研究では、従業員のストレスコーピング向上に向けた会社の取り組みが、従業員のプレゼンティーイズムの改善に有効であることが示唆されています。

従業員の離職防止

ストレスの高い状態が続くと、仕事への満足度が低下し、疲労の蓄積やバーンアウトを招き、将来的には離職意図につながることが多くの研究で示されています。1)
そのため、適切にストレスコーピングができない場合、従業員の離職リスクが高まる可能性があるのです。優秀な人材を確保・定着させるためにも、従業員一人ひとりがストレスコーピング力を養うことが重要といえます。

1)出典
Coping Strategies for Employee Turnover: Testing Emotion-Focused & Problem-Focused Dimensions | Employee Responsibilities and Rights Journal
Growth coping, work satisfaction and turnover: A longitudinal study
The Relationship between Occupational Stress, Burnout, and Turnover Intention among Managerial Staff from a Sino-Japanese Joint Venture in Guangzhou, China

このように、ストレスコーピングは従業員の心身の健康を守るだけでなく、“不調を抱えたまま働く”状態を減らし、組織全体の生産性維持や人材確保にも直結します。まさに、健康経営を実現するうえでの土台となる取り組みなのです。
そこで必要になるのが、ストレスコーピングへの正しい理解と、その力を従業員に根づかせる仕組みづくりです。本記事では、人事労務担当者が現場で実践できる具体的な方法をわかりやすくお伝えしていきます。

ストレスコーピングの種類と特徴

ラザルスとフォルクマンは、ストレスコーピングを以下の通り、2つに分類しました。

問題焦点型コーピング

ストレスの原因となっている「問題」そのものに働きかけ、解決・軽減を図る対処法

特徴

感情を抑えるのではなく、ストレッサー(原因)そのものに働きかける。「どうすれば状況を改善できるか」を考えて解決するための行動に移すため、現実的な変化を生みやすく、根本からストレスの軽減を図ることができる。


ストレッサーがコントロール可能な場合に特に効果を発揮する一方で、制御が難しい状況(自然災害、重篤な病気など)では効果が限定的である。


習慣的に用いることで、問題解決能力が鍛えられ、将来の困難への適応力が高まる。


問題焦点型コーピングを多く用いる傾向がある人ほどバーンアウト症状が低い、という傾向があることが海外の大学の研究で確認されている。


問題焦点型コーピングの事例

上司や同僚との摩擦でストレスを感じたとき、直接話し合いの場を設けて誤解を解き、協力体制を築く。


仕事量が多すぎるときに、チームメンバーで相談し、タスクの再配分や優先順位について相談する。


情動焦点型コーピング

問題そのものを直接解決するのではなく 自分の感情を調整することにフォーカスする対処法

特徴

問題をすぐに解決できない場合でも、ネガティブな感情を軽減し、精神的健康を維持するために有効である。


不可避なストレスや自分の力ではコントロールできない状況(例えば、身近な人の死、制御不能な病気、自然災害など)においては、情動焦点型の方が心理的安定に寄与すると言われている。


海外の研究において、情動焦点型コーピング技法が、ストレスフルな状況下で情動的な安定性を支える可能性が示されている。


例えば過度な飲酒や過食など、過度に現実から回避するような行動を取り続けると、むしろ精神的健康を害する可能性があるため注意が必要である。


問題自体を解決するわけではないので、長期的には根本的な解決にはつながらない可能性もある。


情動焦点型コーピングの事例

気分転換:趣味に没頭する、運動する、音楽を聴く、映画を見るなど。


リフレーミング:状況をポジティブに捉え直す。「これは成長のチャンスだ」と考えるなど。


感情表出:誰かに愚痴を言う、泣く、日記に書く。


リラクゼーション:深呼吸、瞑想、ヨガなどで心を落ち着ける。


回避行動:一時的に問題を考えないようにする。


この2つのコーピング方法は、どちらの方が優れているといったものではありません。例えば問題焦点型だけに偏ると、感情処理がおろそかになり、心理的疲弊につながる恐れがあります。一方で情動焦点型だけに偏ると、問題解決の機会を逃がしたり、逃避的な行動ばかりになるといった弊害があります。
つまり問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングはそれぞれのバランスを取ることが重要であり、例えば「情動焦点型コーピングで一旦気持ちを落ち着けてから、問題焦点型コーピングで対処に向けて行動する」という流れが理想的といえるでしょう。

科学的・医学的根拠に基づいたストレスコーピング技法


心理学や精神医学では、認知行動療法(CBT) や マインドフルネス瞑想 といった手法が用いられています。これらはストレス対処を考えるうえで重要なアプローチです。早速、どんなものなのか見ていきましょう。

認知行動療法(CBT)的アプローチとリフレーミング

認知行動療法(CBT)はストレスコーピングの理論を臨床的に活用した心理療法の一つです。
認知行動療法に基づくコーピング技法は、多くの研究でメンタルヘルスへの効果が実証されています 2)。認知行動療法は、私たちの 考え方(認知)行動 が感情や心身の状態に大きな影響を与える、という考え方に基づいた心理療法です。
ストレスや不安、抑うつを引き起こす物事に対する「自動思考(瞬間的に浮かぶネガティブな考え)」や「行動パターン」を整理し、現実的・建設的な捉え方や行動に修正していくことを目指します。

例1:上司から厳しいフィードバックを受けたとき

状況(ストレスフルな出来事)
上司から「この資料はやり直しだ」と強い口調で言われた。


自動思考(瞬間的に浮かぶ考え)
「自分はもうだめだ。もう信頼されないに違いない」と考える。


感情や行動
落ち込み、不安が強まり、やる気をなくして先延ばしにしてしまう。


認知行動療法的アプローチ
上司は資料の一部に改善点を指摘しただけで、私全体を否定したわけではない。直せばもっと良くなるというサインかもしれない、と考える。


実際の行動
改善点を整理して修正に取り組み、完成度を下げることで達成感と自己効力感を得る。


例2:大量の業務を任されたとき

状況(ストレスフルな出来事)
同時期に複数のプロジェクトを任され、締め切りが重なっている。


自動思考(瞬間的に浮かぶ考え)
全部完璧にやらなければならない。失敗したら終わりだ。


感情や行動
焦りや不安が強まり、手が止まる。仕事がさらに遅れてしまう。


認知行動療法的アプローチ
すべてを完璧にやる必要はない。優先順位をつけて進めれば、致命的な問題は避けられる。


実際の行動
タスクを整理し、上司や同僚に相談しながら重要度の高い業務から着手する。


認知行動療法は、近年では職場ストレス軽減やメンタルヘルス不調の予防にも応用されており、職場におけるストレスコーピングの中でももっとも重要、かつ基本的なものとして位置づけられています。
うつ病や不安障害に対する専門的な治療法としての認知行動療法は精神科医や心理士などの専門家が行う必要がありますが、基本的な考え方やスキルは誰でも学んで日常生活に活かすことができます。

例えば認知行動療法を構成するスキルのひとつに「リフレーミング」があります。リフレーミングとは思考の柔軟性を高める技法の一つで、日常でも気軽に取り入れることができます。例えば「失敗して恥をかいた」という出来事を、「自分の弱点を発見できた」「次に同じミスを防げる」と捉え直すことで、感情的負担を和らげ、ストレス耐性を高めることを狙いとします。

認知行動療法やリフレーミングの考え方は、トレーニング本・ワークブック・eラーニングやiCBT(インターネットCBT)などで学んで活かすことが可能です。例えば短時間研修やオンライン CBT(iCBT)でも効果が報告されており、職場におけるストレスの軽減やプレゼンティーイズム改善に役立つとされています 3)。

2)出典
Cognitive–behavioral therapy for management of mental health and stress-related disorders: Recent advances in techniques and technologies
Effect of stress management based on cognitive–behavioural therapy on nurses as a universal prevention in the workplace: a systematic review and meta-analysis protocol | BMJ Open

3)出典
Digital CBT for insomnia and emotion regulation in the workplace: a randomised waitlist-controlled trial | Psychological Medicine | Cambridge Core
The Effectiveness of Internet-Based Cognitive Behavioral Therapy as a Preventive Intervention in the Workplace to Improve Work Engagement and Psychological Outcomes: Protocol for a Systematic Review and Meta-analysis

マインドフルネス瞑想

マインドフルネスとは、「今この瞬間に意識を向け、評価や判断を加えずに受け止める」心のあり方を指します。近年はその効果について脳科学的な研究が数多く行われており、科学的根拠に基づいた実践法として注目されています。
ハーバード大学医学部の研究では、8週間のマインドフルネス瞑想プログラムを受けた参加者を脳MRIで解析したところ、感情のコントロールに関わる前頭前皮質の活動が増加し、ストレス反応を担う扁桃体の活動が減少することが確認されました。

また、ハーバード大学の別の研究では、マインドフルネス瞑想がストレス指標を下げるだけでなく、「自己への慈悲(セルフコンパッション)」を高める効果があることも報告されています。セルフコンパッションの高い人はストレス状況でも過度な自己批判に陥りにくく、心理的な安定を保ちやすいとされているため、マインドフルネスはストレスによる心の不安定さを和らげる有効な手法と言えるでしょう。

ここで、マインドフルネス瞑想の基本的な方法をご紹介しましょう。今回取り上げるのは、呼吸に意識を向ける『マインドフルネス呼吸法』です。呼吸そのものに注意を集中することで、“今この瞬間”に心を留める練習となり、雑念や不安に振り回されにくく、心を落ち着ける効果が期待できます。

マインドフルネス呼吸法について

姿勢を整える
まずは姿勢を整えましょう。椅子でも床でも構いません。背筋をまっすぐに伸ばし、肩の力を抜き、手は太ももや膝の上に自然に置きます。


呼吸に意識を向ける
次に、呼吸に意識を向けます。鼻から吸って、口または鼻から吐き、息が胸やお腹を満たす感覚や、吐き出すときの心地よい抜け感を丁寧に観察します。


雑念に気づく
やがて雑念が浮かぶこともあるでしょう。「仕事のことを考えていた」「体がムズムズする」と気づいたら、“気づいた”と認識するだけで十分です。その考えを否定したり評価したりせず、呼吸へとやさしく注意を戻します。そして、この流れを繰り返します。


忙しい仕事の合間でも、わずか1分の呼吸法で心をリセットすることができます。まずは椅子に深く腰をかけ、背筋を軽く伸ばし、肩の力をそっと抜きましょう。そのままの姿勢で鼻から息を吸い込み、お腹や胸がふくらむ感覚を感じ取ります。次に、ゆっくりと息を吐き出しながら、体から余分な力や緊張が抜けていくのを意識します。途中で「メールのことが気になるな」などの雑念が浮かんだら、「気づいた」と心の中で認識するだけで十分です。そして評価せずに、やさしく呼吸へ意識を戻していきます。
この流れを1分間繰り返すだけで、気持ちが落ち着いて仕事に集中しやすくなります。特に会議の前や昼休み明け、イライラを感じたときに取り入れると効果的です。

まとめ

職場では多くの人がストレスを感じている

  • 仕事量の多さや業務の質的負担、上司や同僚との人間関係、さらにはキャリアや将来への不安など、複合的な要因によって多くの労働者がストレスを感じており、厚生労働省の調査においても、約8割の人が職場で強い不安や悩みを抱えていると回答している。

ストレスは避けられないからこそ“コーピング”が重要

  • 働く上でストレスを完全に排除することは現実的に不可能である。そのため、ストレスと上手に付き合うための心理的方略である「ストレスコーピング」を身につけることが重要である。ストレスコーピングは心理学的理論に基づいた科学的な対処行動である。

問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングをバランス良く活用する

  • ストレスコーピングには、問題そのものに働きかける「問題焦点型コーピング」と、感情を調整する「情動焦点型コーピング」がある。両者はどちらか一方に偏ると限界があり、状況に応じてバランスよく活用することが、精神的安定と実際的解決の双方をもたらす鍵となる。

CBTやマインドフルネスは科学的根拠に基づいた実践法である

  • 認知行動療法(CBT)やマインドフルネス瞑想は、数多くの研究によりその有効性が示されており、ストレス軽減やメンタルヘルス不調の予防に効果を持つことが明らかにされている。職場における研修やセルフケア手法として実践可能であり、科学的に裏づけられた実用的アプローチである。

 

ストレスを排除するのではなく、適切に向き合う力を育てることが、持続可能な働き方の基盤となります。
後編では、人事労務担当者が従業員のコーピング能力を高めるために実践すべき具体的な取り組みについて詳しく解説します。従業員がいきいきと活躍できる職場づくりに関心をお持ちの方は、ぜひ後編もあわせてご覧ください。

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